白の風景

   二

 いつもより早く目が覚めた。朝の六時。暑さでなかなか寝つけず睡眠不足の感はあるが、起きてしまう事にした。今日は特に出かける予定もないし、眠くなったら昼寝でもすればいいだろう。
 ノースリーブのワンピースに着替えて一階に降りた。まだ誰も起きていなかった。居間へ行くとすでに蒸し暑くなっていたので、雨戸を開けて風を入れた。庭を見てみたが犬小屋の中は空だ。やっぱり帰って来ていない。

 ぼけっとしていても仕方がないので、私は白を探す為に自転車に乗って公園へ行った。
 途中で昨日貼った貼り紙を見たら、二、三電話番号が切られていた。善意の人が持って行ってくれたのならいいがと思った。
 公園に行くと丁度ラジオ体操が始まる所で、スタンプカードを首に下げた子ども達がわらわらといた。これでは探すまでもなく、白は居ないだろう。居ればもうとっくに騒ぎになっている。
 藤棚の下のベンチにラジオが置かれ、その前にジャージ姿のおじさんがいた。この人がお手本なのだろう。子ども達はおじさんを中心として、放射状に並んでいる。後ろの方には保護者が数人いる。  私はブランコに座り、子ども達がラジオ体操をする後ろ姿を見ていた。私にもあんな頃があったと思った。けれど人生を振り返るのはまだ早い。
 ラジオ体操を最後まで見届ける事をせず、私は家に帰った。人生を振り返るのに飽きたからではなく、単にお腹がすいたからだ。

 家に帰ると母が起きて朝食の準備をしていた。私はパンを焼いた。しばらくしたら父が起きて来た。ちゃんと身支度が終わっている。
 今朝はこの三人で朝食をとった。弟は昨日の働きに免じて起こさないでおく事にした。白の朝食は、この日から用意される事がなくなった。

 朝食を終え、居間で宿題をしていると電話が鳴った。コードレスの小機を取り、「もしもし」と言うと電話の主が「きみ、犬探してるんでしょ」と言った。若い男の声だ。名乗りもしないでなんだこいつ、と思ったが、丁寧に「ええ、そうです。犬の事をご存知ですか」と答えた。丁度その時、弟が降りて来たので弟に受話器を持たせた。しばらく間を置いて弟が「何処に行けばいいんですか」と言うと、電話がすぐ切れた。弟は怪訝そうな顔をしていた。
 「「白かもしれない犬を見つけたから、会いに来てくれ」って言うから、何処に行けばいいのかって聞いたら切られた」のだそうだ。
 弟は「貼り紙に電話番号書いたの、まずいんじゃない?」と言ったが、こればかりは仕方がない。  私が「しばらくの間、なるべく浩史が電話を取るようにしてよ」と言うと、弟は「うーん、まぁ仕方ないな」と言った。

 この日は白に関する情報は入って来なかった。
 よく、猫は死期を察知すると何処かへ消えてしまうというが、白の場合もそうなのだろうか。私は、白が誰かに連れ去られたとは思えなかった。白は自分の意志で何処かへ消えたという気がする。残された首輪の事は上手く説明がつかないけれど。
 今夜も熱帯夜で、私はなかなか寝つけなかった。

 翌日、私は友達と映画を見に行った。その帰りに、母が言っていた小説の入った文庫本を買った。子ども向けに書かれた短いお話だったので、五分程で読む事が出来た。読み終えた時、この飼い主達に「白」の話す言葉が分かればよかったのに、と思った。

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