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文鳥まつり 中村もとこ(文鳥堂)
文鳥まつりの話をおじさんに聞いてからずっと、文太は自分も行きたいと思っていました。
小さな鳥かごの中で、文太とおじさんは仲良く暮らしていました。
文太がまだ灰色の雛だった頃は、もう一羽一緒に暮らしていたそうです。けれど文太は小さすぎて、今ではもうその面影を覚えていませんでした。
「ねえおじさん、今年の文鳥まつりには連れてってよ。去年はあんなちっぽけな雛だったけど、ぼくはもう頭も黒いんだから。立派な大人だよ」
「ううむ」
おじさんは青菜をつつくのをやめ、小首をかしげて文太をじっと見ました。黒い頭に珊瑚色のくちばし。そして灰色の胸にうっすらと白い模様。文太はもう自分とそんなに変わらないくらい、立派な文鳥ぶりでした。
「じゃあ正太坊ちゃんに話してやろう。片道で二日もかかるんだ。坊ちゃんの許可がなくちゃ、いけないよ」
「わあい。頼むよおじさん」
文太はブランコに飛び乗りました。そして、もう文鳥まつりへ行くことが決まったかのように、うれしそうに歌を歌いました。
「まだ子どもだなぁ。あんなにはしゃいでる」
おじさんは文太を見て目を細めました。でもおじさんだって、文鳥まつりをとても楽しみにしていたのです。
文鳥まつりというのは、年に一度ひらかれる文鳥たちのお祭りです。
初夏の頃になると、文鳥たちはいろんな所からひみつの場所に集まります。昔の文鳥まつりは、遠い故郷の南の国へ思いをはせるために開かれていました。けれど今ではその故郷を知るものはありません。文鳥たちは互いに出会い、懐かしみ、一緒に歌ったり踊ったりしながら楽しく時を過ごすのでした。
玄関でガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえました。
「あ、正太君が帰ってきた」
文太が言うと同時に玄関のドアが開き、ばたばたと廊下を駆ける音がしました。
「ただいまぁ。やじろべえ、文太、いい子にしてたか」
正太は部屋に入ると、真っ先に扇風機をつけました。それから、手でぱたぱたと扇ぎながら、鳥かごをのぞき込みました。
「やじろべえ」というのはおじさんの名前です。おじさんの名前は正太のお父さんが、そして文太の名前は正太がつけたのでした。
正太は小学校四年生の元気な男の子です。お父さんとお母さんは仕事をしていて、それぞれ夕方や夜にならないと帰ってきませんでした。
文太とおじさんは口々におかえりと言いました。
「今日は水泳教室の日だから、少しだけだぞ」
そう言うと正太は鳥かごの扉を開けました。
文太はいきおいよく飛び出し、素早く部屋の中を一周してから正太の頭の上にとまりました。おじさんはちょこんと正太の肩にとまりました。
「坊ちゃん、お願いがあるんですがね」
「何だい?」
「文太を文鳥まつりに連れて行きたいんですよ」
「文鳥まつり?」
正太はしばらく考え、やっと文鳥まつりについて思い出しました。
「ああ、毎年文鳥が集まるっていうお祭りの事か。いつあるの?」
「これから数えて七回めの太陽が昇った時に出発したいんです」
「七回め…。一週間後かぁ」
正太はカレンダーを見ながら、右手を頭の上に掲げました。すかさず文太は、正太の手と頭の間をぴょんぴょん往復しはじめました。
「ママがいいって言えば、いいんじゃないかなぁ。帰ってきたら聞いてみなよ」
「じゃあそうさせてもらいます」
おじさんは器用に、自分の頭をつるりとなでました。
正太が餌を替え水を替えている間、ふたりは部屋の中を飛び回って遊びました。
「さあ、もう水泳教室に行く時間だから中に入って」
おじさんは正太に握られるようにして、鳥かごの中に入りました。けれど文太はもっと遊びたいと、なかなか鳥かごに入ろうとはしませんでした。おじさんはお腹が減っていたのか、かごに入るとすぐ、がつがつと餌を食べ始めました。
「コラ、わがままなやつは文鳥まつりに連れてってもらえないぞ」
と正太が言うと、文太は「ピピィ」と鳴いて、慌てて鳥かごの中に入りました。
誰もいない部屋に、おじさんと文太はまたふたりきりになりました。太陽はだいぶ傾きましたが、まだその光には強さが残っています。
ふと、遠くでサイレンの音がしました。それは五時を告げるサイレンで、鳥かごの中のふたりにとっては「ママさんが帰って来る」という合図でした。お母さんは近くの会社で五時まで働き、買い物をしてから帰って来るのです。
おじさんと文太は替えてもらったばかりの水で、かわりばんこに水浴びをしました。そして、きれいに羽を整えました。
しばらくするとお母さんが帰ってきました。お母さんはまず台所で買ってきたものを冷蔵庫に入れ、それから文太たちのいる居間に入ってきました。
「ただいま。いい子にしてた?」
文太たちは正太の時のように、口々に「おかえりなさい」と言いました。
「あら、青菜がもうないわね。取り替えましょう」
お母さんが鳥かごの中に手を入れると、文太は甘えるようにその手をつつきました。
「文ちゃん、つついちゃだめよ」
そう言いながらお母さんは素早く菜挿しを取り出しました。それから台所で新しい青菜を入れ、すぐに戻って来ました。
お母さんが菜挿しを取り付け、鳥かごから手を出したその時です。一瞬の隙をついて、おじさんがひょいっと外へ出て来てしまいました。鳥かごの中では文太が「おじさんだけ外に出てずるいよ!」と騒いでいます。
「まあ、やじろべえ、出て来ちゃだめよ」
指の上にとまったおじさんを中に入れようと、おかあさんは扉に手をかけました。おじさんは少しも慌てず「ママさん、お願いがあるんですが」と言いました。
「お願い?青菜以外の物がほしいの?」
「いやいや、そうじゃないんです。青菜は大好きですから…。いえね、文太を文鳥まつりに連れていこうと思うんです。それで正太坊ちゃんに言ったら、ママさんに聞いてということで…」
おじさんは黒い頭をつるりと撫でました。鳥かごの中の文太は、騒ぐのを止めておとなしく話を聞いていました。
お母さんはすぐに、おじさんが毎年文鳥まつりに出かける事を思い出しました。
「ねえ、文鳥まつりっていつもどこでやってるの?」
とお母さんが聞くと、おじさんは
「それは言えないんです」
と申し訳なさそうに答えました。文鳥まつりは文鳥たちだけの、ひみつの場所で行われるからです。遠い昔から文鳥たちは、この小さなひみつをずっと大事に守ってきました。
お母さんは、文鳥たちがいつもやるのと同じように小首をかしげながら、ほんの少し考えました。そして心配そうに言いました。
「でも、そのお祭りの場所って遠いんでしょう。文ちゃんはそんなに長い距離を飛んだ事がないし、大丈夫かしら。危ない目にあうかもしれないし…」
「私がよくよく注意します。なあ文太。ちゃんとおじさんの言う事聞くよな?」
「もちろんだよ、おじさん」
文太は気合い十分に、ばたばたと羽を羽ばたかせました。
複雑な顔でお母さんはおじさんと文太の顔を見比べていましたが、やがて言いました。
「いいわ、やじろべえがしっかり見ててくれるなら。許可しましょう」
文太は喜んで、止まり木の上でぴょんぴょん跳ねました。おじさんはもう一度頭をつるりとなでて「ありがとうございます」と言いました。
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